私たちは、自分に見えている世界がすべてだと思いがちですが、無意識のうちに多くの情報を「選択・省略・編集」しながら過ごしています。もしかすると、そこには見落とされた出来事が無数にあるかもしれません。
あふれる情報や変化の中を生きる私たちは、日常の中に〈習慣〉をつくることで、効率と安定を手にしています。一方で習慣は、目の前の事象について過去の似た経験を当てはめることで、その微細な違いを省略してしまう場合もあります。
心地よく過ごすために必要な習慣に囲まれると同時に「代わり映えしない」という漠然とした虚無感に苛まれることはないでしょうか。
本企画は、五感を使って今起こっている事象と丁寧に向き合う方法を学び・体験・共有することで、見落とされた無数の日常の出来事を味わい直すセミナー・ワークショップです。「代わり映えしない」と感じていた日常を研究者やアーティストとともに再構築することを目指します。
五回目のテーマは、《味覚》です。私たちは、日々の食卓で栄養を摂取したり、特別な食事に舌鼓を打ったり、ジャンクフードでストレスを発散するなど、三六五日、何かを食べて生きています。しかし、日常生活の中で「味わう」ことそのものに思いを馳せることは少ないかもしれません。
食べ物の味は、甘味・塩味・うま味・苦味・酸味などの味覚に加え、触感や匂い、育った環境や文化など様々な要素が折り重なって成立しています。この企画では、私たちが「美味しい」と感じるとき、体の中でどんなことが起こっているのか、その背景にはどんな文化が関わっているのか、専門家と共に学び体験します。
本企画を通して、いつも同じように感じていた日常が初々しく生まれ変わり、あなたと再会を果たすこととなれば幸いです。
プロフィール
©Chikashi Suzuki
関口涼子
日仏語で創作を行う著述家、翻訳家。ポンピドゥー・センター、カルティエ財団、ボルドーデザイン美術館などで文学と五感を結びつけるシェフや芸術家とのコラボレーションイベントを多く行う。1989 年第26 回現代詩手帖賞受賞後、パリに拠点を移し、仏語で2 0冊の著作、日本文学や漫画の翻訳を100冊以上刊行。2012年芸術文化勲章シュヴァリエ、2 0 21年オフィシエ受章。2 013年ローマ賞受賞。2018 年「Nagori」を刊行、4つの文学賞を受賞し、7ヵ国語に翻訳される。食をめぐる日本文学の叢書「Le Banquet〈饗宴〉」(ピキエ社)編集主幹。主な著書に「カタストロフ前夜」(明石書店)、「ベイルート9 61 時間(とそれに伴う321皿の料理)」(講談社)など。この秋「匂いに呼ばれて」を講談社から刊行。
伏木亨
甲子園大学教授。京都大学名誉教授。専門は食品・栄養化学。油脂やだしのおいしさのメカニズムの解明、おいしさの客観的評価手法を研究。和食のユネスコ無形文化遺産登録に尽力。アサヒ飲料、味の素、キッコーマン、伊藤園、明治、江崎グリコなどの企業と共同研究開発を行う。日本栄養・食糧学会評議員、日本香辛料研究会会長、日本料理アカデミー理事。2008年安藤百福賞、2009 年日本栄養・食糧学会賞、2012 年日本農芸化学会賞、同年飯島食品科学賞、2 014 年日本味と匂学会賞授賞、同年紫綬褒章受章。主な著書に「だしの神秘」(朝日新書)、「味覚と嗜好のサイエンス」(丸善出版)、「おいしさを科学する」(ちくまプリマー新書)、「コクと旨味の秘密」(新潮文庫)、「だしとは何か」(アイ・ケイコーポレーション)など。