夏の全体ゼミからおよそ2ヵ月。

「いつものワークショップルームじゃない」

「いつもの和やかな雰囲気じゃない」

三軒茶屋・キャロットタワーの会議室を、ゼミ生たちの緊張感が支配した。


 

10月15日(日)第5回みっけるゼミ&居酒屋懇親会 

雨、16℃

 

ヨーロッパの芸術祭をみっける夜間イベント、ヨコハマトリエンナーレ遠足など、

追加プログラムを盛りだくさんと過ごした「芸術祭の夏」が終わり、

サポートアーティストたちの手綱が、引き締まった。

 

『みっける365日』は、元旦からの1年間をみっける姿勢とともに過ごし、

そして来たる2018年2月からの展覧会にその成果を発表することになっている。

 

展覧会の開催までもう4ヵ月を切った。

初お披露目となる、北川プランの会場模型プロトタイプが机上に現れた。

 

 

全体ゼミの会議室に入室するや、模型に目を留めて声を漏らすゼミ生たち。

この日は北川の製作したプロトタイプ模型および会場プランの設計図をもとに、

これまで独自路線で歩みつづけた4組のゼミが、各ゼミごとの展示テーマを総括し、

その後の全体ゼミでプラン発表するのが重要なミッションだった。

 

 

各ゼミが小部屋に篭もり、それぞれのゼミテーマを練り上げる。

『みっける365日』はとうの以前に折り返している。もう季節は、秋だ。

その後の全体ゼミで発表されたテーマは、以下の通り。

 

北川貴好ゼミ



建築的に。シェアハウスをテーマとする。

キッチンをコモンスペースとして活用し、会期中にはイベントも行いたい。

 

青山悟ゼミ



ハードル低め、志は高め。狭義としての「みっける」を原点回帰的に解釈。

1人1ブースを使用、個人のバックグラウンドを大切にする。

 

キュンチョメゼミ



ゼミとしてのグルーヴ感を出していきたい。ハッピーさを目標に。

個々の制作方針がバチバチに固まった集合体なので、使用メディアも人それぞれ。

 

タノタイガゼミ



ゼミ生全員との話し合いを何より大切にしている。

みんなのリビングルームを想定し、家財道具を段ボールで製作していこうと考案中。

 

 

日ごろは所属ゼミに集中しているがゆえ、他ゼミの進捗をあまり知ることのない各員は、

自分以外のゼミのアーティストがテーマ発表をするたびに、どよめく。

 

 

緊張感と高まり。

普段とは違う、クラシックな「会議室」の全体ゼミがまとった集中的な空気感。

そのただ中で、4組のアーティスト同士が、丁寧に掘り下げるための質疑を重ねていく。

そのやりとりは冷静で、熱っぽい。

煽られていくゼミ生たちのそのまなざしは、「展覧会」という目的地に向かう熱をはらんだ。

 

 

――季節はもう、秋。

『みっける365日』展の出展者という《覚悟》が、一人ずつのなかに刻まれた。

 

12月17日(日)第6回みっけるゼミ 

晴れ、14℃

 

『みっける365日』全体ゼミの開催は、残すところあと2回。

わたしに「美術をみっける潜入調査」を依頼した、鉄面皮なるキタガワタカヨシ……

いや。それはもう過去見た、わたし自身が囚われた、まやかしの幻影だ。

 

──現実には。

マイペースで柔和なことば遣いやその表情の内側に、

建築/美術の現場を格闘する、恐るべき計算式を渦巻かせるのが「美術家・北川貴好」だ。

そう。その、依頼人であり美術家の北川貴好が、今回のゼミで開陳したのが。

 

各ゼミの意を汲んだ、あたらしき会場模型だ。

 

 

『みっける365日』展が、起立する

 

 

三軒茶屋・キャロットタワーが擁する生活工房、3階エントランスと4階のほぼすべて。

日ごろゼミ活動に利用しているワークショップルームを含む、広大な空間を使い切る。

その空間構成は、前回の全体ゼミにおける大まかなゾーン設定を経て、

この日ついに大詰めの設計をほどこされた模型となり、起立した。

 

 

ゼミ生たちの目が輝く。

窺うような色も見える。

さささ、と駆け寄り、感嘆する。

(本当に、自分の365日が、美術の展覧会になるのだ)と、いうように。

 

能動的に、ゼミ生となり、耳で聴き、取り組み、実作や講義やイベントを繰り返してきた、

彼らすべての半年以上にまたがる「みっける」アクションが、展覧会というゴールに着く。

 

──おや?

ワークショップルームの前方に、なにやら巨大な印刷紙が数枚、並列に吊られている。


 

 

近寄ってみよう。


 

 

これは、とわたしが問うまでもなく、北川はゼミ全体に向けて語りかけた。

 

「みなさん。これが『みっける』の写真を連続的に並べて印刷したものです。

左の紙が、写真1500枚をタテ方向に並べたもの。

右側は、4500枚をヨコ方向に並べたもの。比べると見え方が違うな~、と分かるでしょう」

 

ほんとだ、とうなずくゼミ生たち。

わたしも同じくうなずきながら、こう思った。

 

「みっける」は、能動的にアクションすることで結果を体感できるもの。

そして制作も、実際のプリントを見たり、触ることで実感を100倍マシにするのだな、と。

 

見慣れたディスプレイから飛び出して、ロール紙にプリントされた巨大な「みっける」。

首を痛くしても見切れるサイズ感、膨大な量の視覚情報に吹き込まれる新しい視点……

ひと言で言えば「おおー、これか!」というしっくり感が、両目にドンと食い込んだ。

 

 

展覧会へと突きすすむゼミ生たちの作品は、

「通年で撮りためた写真を高速スライドショーにする」という結論だけにとどまらない。

それは、みっける主宰の北川自身が、各ゼミのサポートアーティストらと約束したことだ。

みっけるアクションを各アーティストごと、さらにはゼミ生個人の解釈によって

作品化させることを、ぞんぶんに推し進めているからだ。──その結論は、本展にて。

 

 

北川貴好ゼミは、さっそく「出展調査票」の記述にとりかかる。

1年間の格闘で、スマホスキルと膨大な撮影データの保存術を高めるゼミ生に個別の指導。


 

青山悟は、とにかく「聞き取る」。

ゼミ全体で一人ずつのプレゼンテーションを、長い時間をかけて、聞き取る。

そこから青山の指導が入る。一人ずつの個別性や方向性を支える、穏やかでいて強い熱だ。


 

キュンチョメは沖縄・やんばるアートフェスティバルに出展中のためSkype講義。

ゼミ生たちも慣れたもので「二次元的」とはかくやの練られたシステム、てきぱきと教授。


 

タノタイガのゼミ生たちは、お菓子をひょいひょい譲りあうような交流を大切に過ごす。

展示室のルームメイトという役割分担について、互いを引き出しながらディスカッション。

「タノさんとみんな、LINEグループで話し合ってるんですよ」と、モグモグするゼミ生。

うんうん、と周囲もうなずき合う。「なんだかね……家族みたいなんです」。


 

四者四様のゼミ活動の終わりには、ゼミ生それぞれが微細な「出展調査票」を書きあげた。

それぞれの瞳に真摯さが宿る。なぜなら――。

全体ゼミの日程は、もう残すところ、年明けにある最終回のみ。

 

この日からあと2週足らず。

「みっける365日」と区切ってアクションしてきた1年間の幕が降りる。

遅く、何時までも居残って、ぶつぶつ、うんうん、出展調査票と戦ったゼミ生たちは、今。

脳みそとゼミ空間に「制作のタネ」を蒔いていた、この日々のことを、

どんなふうに思い返しているのだろう。

 


わたしは探偵。みっける探偵。

北川貴好に依頼され、「みっける365日」から美術と思しきものを採取、分析する調査人だ。

これを書くいま、アクションの目的地となる、展覧会が開催中だ。

そんな地点から思い返すからこそ、気付くことがある。

 

わたしがこの日までみっけたのは。採取してきたのは。

「美術」という大きな括りの謎ではなくて、

一人ずつのゼミ生やアーティストたち……それぞれの「個人」だったのかもしれない、と。


To be continued……

 

※  このお話は実話を基にしたフィクションです。

 

【著者略歴】

森田幸江(もりたゆきえ)

アメリカ大使館ライター、学芸単行本、カルチャー系雑誌編集、電子書籍シリーズ編集などに従事するフリーランス著述者/編集者。コミック原作、小説、取材構成などの打席にも立つ。1979年生まれ、日本女子大学文学部卒、右投げ右打ち、贔屓球団は広島東洋カープ(年間40試合を現地観戦)。


「みっける365日」展──アーティストと探す「人生の1%」
http://www.setagaya-ldc.net/program/393/