2016年10月24日の初回探偵メモより抜粋


ときは巻き戻り、2017年春。美術イベント『みっける365日』のプラン会議。
365日の通年ゼミをワクワク活性化させるイベント案を話し合うさなか、
みっける探偵は前年の探偵メモをめくり、長らく心を掴まれていたプランを申し出る。
「スピリチュアル・アドバイザーを招聘するというのは、いかがでしょうか」――。
もちろん探偵職の身分で思いつける案ではない。
それはまぎれもなく、依頼人=キタガワタカヨシ本人がかつて呟いたプランなのである。

「美術の現場」に「スピリチュアルな指南」を授かる、というミックス感は魅力である。
なるほど、という声。うーん、と唸る声。秒針がコチコチと進んでいく。
意を決した雰囲気がたちのぼる。
キタガワタカヨシは顔を挙げ、くっきりと発声した。


「占いですね。うん。占いが必要でしょう、ここは」


なぜだか優しい口調である。わたしは耳を疑った。
探偵を雇い、美術とおぼしき証拠をみっけて密報させる依頼人にしては、優しすぎる……。
このささやかな違和感がのちにわたしを苦しめるのだが、それはまた別のお話。

こうしてゼミの折り返し地点、2017年夏の始まりの夜のこと。
占い師・大塚ひさよ氏を招聘するゼミの特別篇が、開催されたのである。

2017年6月23日(金)、曇り
『みっける365日 特別篇 占い&交流会』


じりりりりりりりりりりりりりり。
大嫌いなその音が、耳慣れた目覚まし時計だということすら、すぐ気付けなかった。
シャツの隙間に手指を差し込み、低くうめいてきた自分の声で、かき消されていたからだ。
……胃だ。胃が、激しく痛む。
おりからの天候不順、さもなくば深酒がたたったのか……、あるいはその両者だろう。

みっける365日と出会い、探偵として生きるため、
ボギーを気取って煽りつづけたドランブイやバーボンが、
火山をはしるマグマのようにしみ出して、胃を傷つけていることが分かる。


「タフガイなんだ」とうそぶきたくとも、冷や汗まじりのダンゴムシでは話にならない。
おりしも今日は『みっける365日』の特別篇。ゼミ生の「個」が占われる大切な日だ。
わたしはFワードをかみ殺しながら熱い湯をかぶり、カメラをぶらさげ世田谷に向かう。
「おなかがチクチクするので帰ったらごめんなさい」と、キタガワタカヨシに詫びながら。



ナポレオンのごとく腹をさすり、三軒茶屋・キャロットタワーへと靴音響かせて、
わたしは向かうイベントについて考えはじめた。
――占われるとは、どういう心持ちの行為なのだろうか。


・自分のなかのモヤモヤに、第三者から名前をつけてもらうこと。
・モヤモヤしてしまう自分が、第三者からどう見えているのか教えてもらうこと。


その二点を期待して臨むものなんじゃないか、とわたしは思う。
手厳しい宣託だって起こるだろう。
しかし「自分をより良く導くためのゲキ」と思えばありがたくなる。
もしも斜に構える者がいたとして、占いというのは占われるものに「断定」をくだす。
それだけがルールだ。
占い部屋に入った瞬間に、その人物は、みっけられていくという定めなのだ。


しかも、どうやら。
人はシンプルに、「自分のこと」だけをフォーカスした、第三者の断定に惹かれるらしい。


自分の生活とは切り離された、第三者からの断定。


それは、友だちや家族への相談、ともまったく違う。
知り合いからのアドバイスにはどうしても、互いの間柄を反映した心持ちが混ざるもの。
思いやりだったり、周りの人との関係だったり、配慮、忖度といった、
つまりは「やさしさ」が織り込まれてしまう。自然なことだ。


相手のことを実際に知っていればいるほど、
相談者の個人だけに焦点をあてた助言をしにくくなるものだと思う。


たとえば、こんなふうに。


「分かるけどさ、奥さんの気持ちだって考えちゃうなあ」
「だけどよ、それは、親御さんが心配するだろ」


相談を受けた側が、相談者の持つ世界を阿って、「やさしさ」というものを混ぜあわせる。
相談を受けた側にとっての「利害関係」というものを混ぜあわせる。


それを大人は痛いほど経験しながら生きているから、
ありがたがっているから、
親密な関係性があり、互いについての情報を多く持ちあう仲間や家族同士だからこそ、
ずばりと言えなくなることがあり、言われなくなることがある。


やさしさを持ち合える関係性は心地の良いものだけれども、
「外側から客観的に見たらわたし、どうなの?」という問いの答えだけが、
存在しない世界だということだ。


「客観的に、わたし、どうなの?」


友には、家族には聞けないそんな、客観の答えをもらいたくて、
人は占いに惹かれるんじゃ、ないだろうか。

 

To be continued……


※ このお話は実話を基にしたフィクションです。


【著者略歴】
森田幸江(もりたゆきえ)
アメリカ大使館ライター、学芸単行本、カルチャー系雑誌編集、電子書籍シリーズ編集などに従事するフリーランス著述者/編集者。
コミック原作、小説、取材構成などの打席にも立つ。
1979年生まれ、日本女子大学文学部卒、右投げ右打ち、贔屓球団は広島東洋カープ(年間40試合を現地観戦)。

「みっける365日」展──アーティストと探す「人生の1%」
http://www.setagaya-ldc.net/program/393/