もうはっきりと、言ってしまおう。
占いの現場中継をライブドローイングしていくキタガワタカヨシが発したものに、
探偵として、活きた美術をひとつ「みっけた」のだと。
美術をみっける――。それこそが、わが依頼人の要求だった。
依頼をまずひとつクリアしたのだ、と気づいたとき。
朝に始まった胃痛の激化もあいまって、薄れゆく意識のなか、
わたしはさして古くもない記憶を思い出していたのである。
◆
記憶。2016年秋。世田谷・キャロットタワー、生活工房。
その日、美術家・北川貴好は、わたしにとっての依頼人=キタガワタカヨシになった。
キタガワとなった人は、面と向かってこう言った。
モリタさん。僕は、ほかならぬライターのあなただからこそ、依頼する。
この美術をライターとして『みっける』ための調査。
ライターとしての、調査を……。
そう、今日からあなたの役割は、『みっける探偵』だ。
みっける探偵、という言葉はやがて耳鳴りのようになった。
胃を押さえながら、ペントハウスによろよろと戻る。
ついに意識は朦朧となった。それからのことは、あまり記憶に残っていない。
もうお分かりだろう。
胃の激痛はやむことがなく、占いイベントの途中で、中座を余儀なくされていた。
みっける探偵、責務の途中に、胃痛でダウン。
撮影 金子千裕
「無理しないでくださいねぇ」
依頼人=キタガワタカヨシの声がよみがえる。
どこまでものんきに思えるその声が、「そんな彼こそ冷酷無比にちがいない」という
探偵の眼力をまた、ブレさせる。……悔しい。胃弱に負け、仕事にも負けるのか。
ぎりぎりと歯噛みをして床に伏し、ようやく胃痛もくたばってくれた数日後――。
アフターアワーズ:ゼミ生への事情聴取
身体が治ればリベンジその1。
占われたゼミ生C.K氏を近隣のジョナサンに呼び、事情を聴取。
ドリンクバーを往復した彼女は(日本茶が好みのようだ)、
占い師が告げたという《意外な事実》を教えてくれた。
曰く、大塚ひさよ氏はこう語ったというのである。
占いに来る人にはたいてい、自分のなかに指針が見つかっていないの。
ですけれど、ここ(みっけるゼミ)には指針のなさで悩んでいる人が居なかった。
みなさんは、おそらく日常、占いに来る方々と違うんです。指針がある。
自分はコレだ! ってものを持っていらっしゃる。
だからわたしは、「今やるべきことを応援します」って、そう繰り返したんです。
これら言葉を占い師本人から引き出したゼミ生の彼女は、
「私OK、でいい感じ!」という言葉を授かったのだという。
自分を肯定すること。ありのままで人生を、制作を、作品を受け容れること――。
そうした言葉は彼女ひとりにだけ向けられたものではなかったのだという。
占われたどのゼミ生も、照準を絞って具体的な、人生の後押しを授かったという。
師の言うとおりならば、ゼミ生たちには「モヤモヤが少ない」んだろう。
やるべきことが、指針が見えているからまっすぐなんだろう。
わたしには、彼ら彼女らの表情が、とても素直に人間くさく見えていたのだと思い出す。
“Good feeling.” ……スカしてごちた、自分の手のひらをじっと眺める。
そう、イタリアではこう言うんだよなあ。「悪い奴ほど手が白い」ってね。
しみじみと感じる。わたしは小悪党なんだろうと。
だからこそ萎れることなく《占いリベンジ》なあんてことを、思いつくわけだ。
◆
……と、そんな折。わがおんぼろペントハウスに、キタガワタカヨシから手紙が届いた。
白いハトが届けてくれた、くしゃくしゃの紙。こう書いてある。
「みっける探偵さん。あなたに占い師イベント『リベンジマッチ』を予告する」
占い……リベンジマッチだと……?
わたしは寝起きの髪をふりほどく。
やれやれ。
探偵メモに書き記すにはいささか重い案件だなと、手帳の残り枚数をちらり目算する。
リベンジその2は、向こうの方からやってきた。――罠か? 手柄か?
なあに。なんということもない。
いつも通りにドランブイを呑みほした。指が少しだけ震えている。
それからわたしは、いつも通りに目覚まし時計を投げ捨てた。
To be continued……
※ このお話は実話を基にしたフィクションです。
【著者略歴】
森田幸江(もりたゆきえ)
アメリカ大使館ライター、学芸単行本、カルチャー系雑誌編集、電子書籍シリーズ編集などに従事するフリーランス著述者/編集者。
コミック原作、小説、取材構成などの打席にも立つ。
1979年生まれ、日本女子大学文学部卒、右投げ右打ち、贔屓球団は広島東洋カープ(年間40試合を現地観戦)。
「みっける365日」展──アーティストと探す「人生の1%」
http://www.setagaya-ldc.net/program/393/