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日記を書く|日記ワークショップ
日記を書き、読み合う時間
会場に戻り、日記を書く時間へ。
冒頭、金川さんは日記との向き合い方について、このように話していました。
「日記だから」と構えすぎず、何か書きたいことがあればどんなことでも書いてみてください。今日の朝にあったことでも、歩いていて思い出したことでも。ちゃんとした文章になっていなくても大丈夫です。
それぞれ思い思いの場所に腰掛け、配られたA4の紙にペンを走らせます。パソコンやスマートフォンで文字を打つことが日常となった今、手書きで文章を書くこと自体、新鮮な体験です。
書き終えた日記は人数分コピーして配り、ここからは他の人が書いた日記を読む時間です。20人の日記を並べて眺めてみると、取り上げる対象も、文章の風合いも、紙の使い方も、驚くほどさまざまでした。
浮かんだ思いを綴る人、リサーチのように淡々と記録する人。店舗の「ドア」が気になってスケッチと共に記す人、記憶に残った風景を紙いっぱいに描く人。三軒茶屋に来る前までの話を詳細に記す人……。
金川さんは、読み合う時間にこのように話していました。
できれば、他の人の日記を読んでいる流れの中で、自分の日記も読み返してみてください。自分の文章に対して少し距離をとって読めるから、おもしろさに気づけるのではないでしょうか。
人の数だけ視点も言葉も存在していることがはっきりと浮かび上がってくるような時間でした。
最後は再び円になり、散歩し、書き、読むことを通じて何を感じたか、自由におしゃべりする時間が設けられました。コインランドリーの三角形が突如として現れたことに驚いた話や、「他の横丁とは異なり、三角地帯は生活の中に飲み屋街が溶け込んでいる」という発見。夜の路地の美しさに感動した人など、視点もさまざまです。
「街を歩いているとジンギスカンの香りがして、初めて食べたジンギスカンはサッポロビール園だったということを思い出し、終始、好物のジンギスカンのことばかり考えていました。食べたら匂いがつくかもしれないけれど、銭湯もあるし……。ジンギスカンをベースに周りの風景を見るような時間でした」
「昨日クラブに初めて行ったときは、隣に知らない人が座っても何を話せばいいかまったくわからなくて。けれど今日は、知らない人同士で『おいしそうだね』『かわいいね』と自然に話せて、そうした関係性が生まれたことにほっこりしました」
また、「日記を書き、読む」という行為そのものについても、多くの発見が共有されました。
「行く前は、『ちゃんと書かなきゃ』と思ってしまって。小学校で作文を書いたときの経験からそう思うのかもしれません。でも、そんなことを忘れちゃうくらい、『看板のフォントっていろいろあるんだな』とか、おもしろいと思えることがたくさん見つかりました」
他者に読まれる前提で日記を書くときに、「どこまで自分の背景を説明するべきか」という葛藤が生まれたという声も。金川さんによると、これは日記ワークショップでたびたびテーマになる点で、その境界線にこそ書き手の個性が宿るのだそう。手書きの文字から、まだよく知らないはずの書き手の人柄が伝わってくる不思議な感覚についても語られました。
あらゆる人の文章には、その人しか書けない何かがあると思っています。書いているときはまとまらないと感じても、他の人から見れば、立派な読み物になっている。いろんな人が書いたものを読む経験は、やっぱりすごくおもしろいことだと思いました。
筆者も家に帰り、他の方の日記と自分が綴った日記をゆっくりと読み返しました。自分の日記には「この景色が残っていること」というフレーズが何度も繰り返されていて、都心でありながら古くから残る景色が息づいている三角地帯への思いを再確認しました。たった30分間の散歩、たった30分間の執筆。凝縮された時間だったからこそ、繕うことのない本当の気持ちがそこに現れたような気がします。
この日、20名の日記が生まれましたが、この街を通り過ぎるすべての人に、その人にしか持ち得ない街の記憶が存在しています。自分だけの記憶を書き残して、誰かと共有してみる。そのささやかな経験は、街との関係性が新たに生まれるきっかけにもなるはずです。(竹中)
- クラシー
- 手書きで文章を書くのも
いいもんだね
- カワルン
- 向かっていると、
少しずつ言葉はでてくるね
Supported By
ライター:竹中万季(me and you/大三角地帯編集部にて本イベントを担当)
写真:生活工房
クラシー&カワルン イラストレーション: にしぼりみほこ

